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ダンサーインタビュー 23:HANA

2017.11.1

―出身はどちらですか?
 福岡県の博多です。福岡の中心から20分程の所ですね。

―ダンスはいつごろからやってたんですか?
 小っちゃい頃に母親とアメリカに行ったことがあって。

―えー、お母さんは何をやってる人なんですか?
 お母さんは海外とか好きで留学とかしてたんですけど、あと、ちょっと遠い親戚に外人がいるんでその人達の結婚式とかで小っちゃい頃アメリカに行っていて。

―ということはハナさんはクオーター?
 (笑)と言いたいところですが、純日本人です。

―アメリカナイズしてますね~
 そうそう、アメリカに行った時に黒人の人達に反応してたみたいで3歳くらいだったんですが、なんかダンスに興味があったらしく小学生に上がった時に習い事どうするってなるじゃないですか。その時にダンスしたいってなりまして。

―黒人になりたいと!?
 て言うよりかはダンス習いたいという感じでしたね。

―そしたら最初はヒップホップだったんですか?
 それが、その時に見に行ったスタジオが小学生はダメって言われたんですよ。
中学生からって言われたんですけど、昼間にやってたリズムトレーニングみたいなのだったらいいよって言ってくれたんで、そこのクラスだけ入ってどちらかというとジャズダンスっていうか、昔のダンスみたいな感じのをやってました。

―それからスター街道を爆進し始めたんですか?
 違う、全然!それから中学に上がった時にダンスあまり好きじゃなかったというか、今みたいに好きでやってる小っちゃい子達より、習い事で行ってたんでけっこう親に行かされてた部分も多いです。小5でBBCの進さんに出会いました。マンツーで教えてもらっててめっちゃ恐くて(笑)。今思うと愛のある貴重なレッスンでした。ただその時は小さかったから、ダンスが好きって言うよりも先生が恐いっていうイメージが強くついちゃいましたね。
 中学とかって一番青春時代じゃないですか。友達とかにもダンスしてるって言うとけっこう小バカにされとって。だから自信持ってダンスしてるってあんまり言えてなかったです。

―まじっすか!
 高校になって女子校になっちゃって、それがなんか自分の中でのストレスというか、終わったらすごいいい思い出だったんですけど。クラブもめっちゃ行ってたし、大人の中で遊ぶのが楽しかったんです。そういうのが楽しいかつ、学校よりダンスが楽しくなっちゃって。その時に今同じチームのテツさんていう人に習いだして、そっからなんか同じ年頃の人達が増えたんですよ。高校生の時ぐらいにダンスがブームになって、そっからダンスブームにのっかって、それがすごいステータスというか。

―嫌々やってたのが好きでやるようになったんですね
 そうですね、どんどんのめり込んでいってバトルに出るようになってって感じなんですけど。なんせ九州やし、そんなにイベントもないんで、一個にかける思いはやっぱり強かったかもしれないです。

―高校時代はなかなか派手ですね~
 高校の時は親にも反抗するし、クラブは行くし、ダンスばっかりでした。

―不良だったんですか?
 不良じゃなくてダンスが好きすぎて、夜遊びするのがすごい楽しかったです。

―やっぱり博多の人ってみんなLOCKやるんですか?
 ぜったい通るのかも。グルーブに関してはたぶん誰でもできると思います。

―誰でもですか!
 ソウルダンスは皆一通りできるんじゃないかな。

―すごい文化ですね~
 そうですね、それはほんと離れて気づきました。男性と踊りなさいとかめっちゃ言われました。セクシーさとか。

―その年代の時が一番なんでも吸収するんですかね?
 そうですね、一番がっついてたかも。そっから高校卒業して、テツさんが「もうレッスンに来なくていい」という卒業っていう形式があって。「おまえはもう違うとこに行け」って言ってくれて、その時に自分の中で一番師匠だと思っているミホさんという人に出会って何もかも変えられましたね。そっから私のダンスライフが変わったって言っていいほど、ミホさんに刺激されました。

―どういうところが変わりましたか?
 一番は人間性です。やっぱり徐々にタイトルとりだしてて、まあ天狗になってないんだろうけどどっかで自信もついてきてるし。九州の小っちゃい中だったら、外でとったらすごいねって言われるからなんとなく自分の見られ方とか周りの視線も違ってきてるなっていうのも感じてた時に、ミホさんはもっと一線いってた人なのに人間的にも寛大なんでたくさんのものを教えてくれました。ダンス以外の事もたくさん。そんな方と20歳超えて出会えたのは財産です。愛のムチもたくさん頂いたし…笑

―へし折られた感じですか?
 だいぶ・・、でもそれ以上に、何かてれくさいけど愛はもらいましたね。

―育てられたんですか?ミホさんに。
 て自分では思ってます。なんか踊りがどうこうじゃなくて遊び方というか、気持ちの部分かな~。

―アメリカにはちょくちょく行くんですか?
 去年はニューヨークには行ったんですけど、そんな頻繁には行ってないですね。

―日本にもすごいダンサーはいますか?
 いや、日本人はすごいと思いますよ~。でもやっぱり、あっちのいいところってダンスというか音楽が隣り合わせだから、どんだけ下手くそとかでもみんなノリで踊るんで、それはやっぱり日本との違いですよね。なんか人と目があったらニコッとしたりとか。

―歩いているだけでもなんか違いますもんね~、グルーブが
 もう全然ちがう。歩いてるだけでかっこいいですね。

―東京に出ようと思ったキッカケは?
 25っていう区切りで一回出てみようと。もちろん地元を離れるってことは私の中では決断だったんですね。なおかつかっこいいものを見て来たし、そこが一番と今でも正直思うから、何で行くの?って思う人もたくさんいただろうし。けどそれを外に出して、外で認められて、福岡の地ってやっぱやばいんだぞと思わせるのも一つの手だとも思うし。

―今後の目標はありますか?
 今後の目標はありますか?
 小っちゃい頃アメリカに行ってアメリカで影響を受けたってこともあって海外が自分の中ですごい好きなんですね。そういうとこにももっと行きたいっていうのもあるけど、ロックダンサーと違うジャンルの人にロックダンスってそういうかっこよさがあるんだってことを思わせれる土地だと思うんですよ、ここは。いろんな畑があるぶん。だからロックダンスのかっこよさをもっといろんな人に知ってもらいたい。かつ、ファッションとか音楽とか私すごい好きなんで、それをリンクさせたなにかがこの東京でできたらいいなってすごい思います。あと、においがあるダンサーになりたいかな~。

―最後に、ダンスにいきづまっている人にメッセージをいただけますか?
 いきづまっているイコール次のステップに必ず行く前兆だから、そのとこを変えるだけで踊りも変わるけど、一個越えた気持ちもぜったい強く踏むんで、次のステップからもたぶん逃げないと思うんです。次そういう壁ができたとしても。そこを逃げちゃうと一生逃げると思います。だから逆にチャンスだと思うし、チャンスだと思わないと何事も逃げちゃって全部足踏み状態だと思うから。もちろんつらいっすよ、私もそういうこといっぱいあったし、何なん!て思うけど、終わった後って結果だったり内面だったりが一個たぶん変わってきてるのは、自分の中でも今まであったんで。逃げないで壁を楽しく壊してください!

―ありがとうございました!

HANA
■PROFILE
FUNKYかつパワフルなスタイルのフィメールLOCKダンサー。JAPAN DANCE DELIGHTにおいては3年連続そして4回のFINALISTに選ばれ、抜群のリズム感とソウルフルなダンスで福岡のシーンを第一線で活躍し、ソロバトルにおいては全国で数々の優勝を納めている。近年ではアジア、世界へと活躍の幅を広げて結果を残している注目のダンサー。
■経歴
JAPAN DANCE DELIGHT vol18、JAPAN DANCE DELIGHT vol19、JAPAN DANCE DELIGHT vol20、JAPAN DANCE DELIGHT vol22 Finalist/Hook up Lock 2014年 優勝/OLD SCHOOL NIGHT 2014年度 Best4/SOOS 台湾 1on1 Battle 優勝/ KOD CREW Battle 優勝/OSAKA DANCE DELIGHT 2014年 4位/POP LOCK BOX SOLO Battle Lock side 優勝/MAX PARTY in 台湾 LOCK SIDE 優勝/Lock CITY OSAKA 優勝/Hook up Lock 2016 準優勝/Japan Dance Delight vol23 Finalist

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no.23 2017年11月発行

東京ダンスライフ no.23
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