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ダンサーインタビュー 21:Twins Daddy aka KATSUMI

2017.4.25

―出身地から聞いていいですか?
 出身地は東京都八王子市ですね。第二の新宿、八王子です!

―ダンスを始めたのも八王子にいる時からですか?
 そうですね。中学2年生の時にダンスをテレビで観て始めました。いちばん観ていたのは「Club DADA」と「DANCE DANCE DANCE」ですね。で、ちょっと遅れてからダンス甲子園。その3つです。
 ちょっとヤンチャしてた時期だったので夜遅くまで外で遊んでたんですよ。帰ってきてからたまたまテレビつけたらやってて、ヘッドスピン見て「なんじゃこりゃー」って衝撃受けました。けど俺でも絶対出来るっしょ!って思いました。友達もたまたま観てて、みんなで頭で回ってみたり真似してみました。それから他の友達はできないから途中で止めていったんですけど、俺だけやるってなったのが中学2年生。それがきっかけです。

―教えてくれる人がいなかった中で、見よう見まねでやってみたんですか?
 そうですね。番組が始まる時間には家に帰って、VHSに録画して観てました。コマ送り、スローとかでエントリーからトップロック、ヘッドスピンにフリーズみたいな流れを全パクリしました。今レッスン通ってる生徒さんがこの先生が好きっていうのと同じように俺もこの人が好きっていう人がいて、その人の真似をずっとしてましたね。

―KATSUMIさんの踊りはジャンル的にはBreakin’からどう変わっていったんですか?
  Breakin’を一通りやって、1990(ナインティー)がどうしても二周ぐらいでバタンって倒れちゃって。それで「やーめた」ってなったんです。
 その時期くらいにDADAとかでNEW JACK SWINGとかHOUSING(ホーシング)をガンガン踊ってるのを観てそっちに心が傾き始めて結果的にHOUSINGを始めました。Bobby BrownのPVとか色々観てステップを練習しましたね。

―ディスコとかでも結構遊んでたんですか?
 そうですね。当時は横浜のCIRCUS、GlamSlam(後BAYSIDE)とかで遊んでました。六本木とか新宿はあまり行かなかったですね。でも上手い人たちがいて踊れず、中で見て研究する感じでした。踊る勇気が全くなかったです…(笑)。
 その時、踊ってた場所としては京王八王子駅前の姿が映るガラスの前とかでストリートやってました。そこでラジカセ持ってやり始めたのは俺で、それまで誰もいなくて八王子の中でもストリートのちょっとした聖地みたいになって。
 でもその時は本気というよりは「出来ないよりは出来た方がカッコイイかな」くらいの感覚だったんですよね。

―高校時代はどんな感じだったんですか?
 最初高校行かないつもりだったんですよ。でも担任の先生が色々相談に乗ってくれて、俺が行ける高校見つけてくれたんです。バスで30分、電車で2時間くらいかかるところなんすけど(笑)。
 友達もできましたけど、ダンサーはあまりいなかったので学校では中庭とかで踊って、帰り道の町田でストリートしたりとか。地元ではスケボーやってるヤツとダンスやってるヤツとで一緒に遊んだりっていう感じでしたね。
 格好とかもヤンキーっぽく見られたくなくて、ダンサーに見られるような服とか髪型を意識しました。それこそ、ラルフローレンの1着何万円もするような服を土地勘のない代官山まで買いに行ったり。お金貯めて服を集め始めたのも高校生からですね。それも上手くなる要素の一つなのかなと思ってましたからね。

―KatsumiさんといえばPOLOのイメージがめっちゃあるんですけど、その時代からPOLO好きだったんですか?
 POLOは好きでしたね。自分の周りはSTUSSYとかVISIONをスケーターが着ているイメージがあったんで、自分はPOLO、GUESS、GIRBAUD(マリテフランソワジルボー:MARITHE + FRANCOIS GIRBAUD)の3つはすごい着てました。 その中でもPOLOはめっちゃ着てましたね。当時買った服は今でも持ってます。当時何万円かで買った服が今だと何倍にも跳ね上がってる物もありますし。でも既婚してからは、すげー困った時とかは知り合いの友達に売ったりして、車検代払ったりとか(笑)。
 だからハタから見るとHip Hopperに思われるんですけど、ALIVE TVとか観ても当時のハウスダンサーも着ていましたしね。なので今流行ってる服よりは、自分のこだわりで好きな服を着てハウスをレペゼンしています。
 例えば、ハウス・ドレッド・細めのジーパン・白無地のTシャツ・コンバースっていう組み合わせでドレッド振り回して踊るっていうのが格好良かったんですけど、俺はそれでもちょっとこだわって白のTシャツにポニーのワンポイント入れてました! それくらい好きだったんですよね。

―ミドルスクールからハウスに移ったキッカケってあったんですか?
 キッカケは音楽ですね。高校の頃にHIP-HOPの音楽を聴いて踊っていましたが、その時に見たことない踊りがあって、それが「HOUSE」っていうものだと初めて知ったんです。それでハウスミュージックっていうものも知った訳なんですけど、ハウスダンスについて全然分からなかったので、とにかく音楽をいっぱい聴こうって思ったんです。
 四つ打ちの格好良い音楽を聴いて、HIP-HOPの重くてドス黒いイメージとはちょっと違うなって感じました。特にハウスはハッピーソングが多かったので、聴いてテンションも上がりますからね。 Breakin’もやってたということもあり、テンション上がる音楽に魅力を感じて、ハウスの音楽を聴き始めたんですよ。ハウスミュージックを聴き始めて、ハウスダンスをやり始めたっていう感じです。

―組んだチームとかは時系列的にどんな感じですか?
 HIP-HOPやってる高校1年生くらいの時にCLUB CITTA’とか出ました。これギャグとかじゃないんですけど、「北別府」っていうチーム名です(笑)。
 そこからHOUSEに出会ってからは「INFINITY」、「PYRO」とかですね。PYROは二十歳で結成して今年で二十周年を迎えます。
 高校出た後にNEW YORKに行って、BRIAN”Footwork”GREENのプライベートレッスン受けてたりしたんですけど結構仲良くしてくれてて、その時にブライアンに何か良いチーム名ないかって聞いたら「PYRO」がいいんじゃないかって言ってくれて名付けてもらいました。こないだブライアンに会った時に言ったら思い出してくれましたけど、最初本人忘れてました(笑)。
 それから日本帰ってきて、NEW YORK行ってきたぜっていうオラオラ状態でクラブで踊ってたんですよ。そしたらSAMさんが声かけてくれて今度番組やるから出てくれないかって誘われたんです。それがRAVE2001(テレビ東京系のダンス番組)ですね。PYROっていう名前もそこから知ってくれる人が増えていったので、この番組がなければっていうくらいSAMさんのお陰かなと思います。

―今はダンスでどんな仕事をしてますか?
 今現在だと通常のレッスンの他には大学生のサークルで新学期に時期だと新歓公演とかの振付やったりしてます。あとはショータイムの仕事って感じですね。
 昔みたいなバックダンサーやったりアーティストの振付したりっていうメディアの仕事からはちょっと遠ざかってアングラに戻ろうって思ったんですね。そこから、レッスン持たせてもらいながらクラブでただ踊るだけっていうスタンスに徐々に変わっていきました。
 とにかく毎年体が老いていく訳だから10あったら9にならないように、自分のレベルを下げないように保つようにしています。自分のやりたいことだけやるって思っていた昔とは違って、今は望んでくれるんだったらやろうって思えるようになり、ちょっと大人になりました(笑)。
 ダンスを教えてあげたいとか、自分の知識をどれだけ知ってもらえるかっていうのがあったので、今はダンススクールの発表会でナンバー出したり、専門学校で教えたりする機会があって良かったと思います。

―レッスンを受けてる生徒さんに伝えたいことはありますか?
 どのジャンルでも言えると思うんですが、「ルーティンを覚えて帰るよりは内容を覚えて帰れ」っていうのはいつも言ってます。一応ルーティンはやるんですけど、みんな形だけ覚えて帰っていく人もいるので、そこは口すっぱく言っています。
 あとは今の風潮なのかも知れないですけど、必殺技というかネタというか物珍しいモノを教えてもらいたいって思って来てる気がしてます。もちろんそういうのはヒントとして最初はパクってもいいと思うんですけど、テクニックを学ぶ前に「ダンスしてるかい?」っていう所に戻ってほしいです。HIP-HOPとかなら曲やリリックに合わせて振付がついていくから、そういうレッスンのやり方もあるとは思うんですけど、でも根本的にはダンスに変わりはないんですよ。音楽を聴いて自然と楽しく踊ってたガキの頃を思い出すと今はそれがないのかなと思います。
 俺は「間違えてもいいから音楽聴いて、自分のイメージでハウスダンスしてごらん」って言うようにしてます。そうするとみんな急に変わるんですよ。間違えないように踊ろうと思ってたけど、間違えてもいいからとにかくダンスすればいいんだって思うと、顔つきも柔らかくなるし動きもリラックスして表現が豊かになったりしてますよ。

―最後になりますが、twins daddyの由来は何ですか(笑)?
 分かってますよね? これ(笑)になってますよね?
 自分はダンスに結婚なんて必要ないなって思ってたんですけど、たまたま御縁がありまして。奥さんからオメデタの話があったんですけど、診てもらいに病院行ったらお医者さんに「妊娠してますね。おめでとうございます。ん? ちょっと待って。もう一匹いるなぁ!」って言われたらしく二人で爆笑ですよ。でもまぁ、それから奥さんが頑張って双子を産んでくれました。ちょうどその時はビッグダディがテレビ出てる時期だったんですけど、自分はバトルとか出てたんで、バトルネームをtwins daddyにしちゃおっかなーって。それからtwins daddy a.k.a katsumiにしたっていう分かりやすい感じです。

―ありがとうございました!

Twins Daddy aka KATSUMI
Dance@Live シーズン6 Vol.2 優勝
Dance@Live 2011 ファイナリスト
WDC 2008、2009、2011 関東大会優勝
WDC全国大会2009 準優勝
WDC全国大会2011 ベスト4

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no.21 2017年4月発行

東京ダンスライフ no.21
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